posted with amazlink at 11.12.10
- 序章 -前書きにかえて-
- 予兆 -就任1年で見えた"名将"ザッケローニ監督の優れたマネージメント力-
- 格闘 -2014年ブラジルW杯予選までのザックJAPAN考察-
- 勇戦 -ザックJAPANはスペインを倒せるか-
就任以来16戦連続で黒星無しという偉大な記録を打ち立てたサッカー日本代表。これまでにもザッケローニの生い立ちや、彼の就任以後の日本代表の歩みについての書物や特集は数多くありましたが、それらの最新版、すなわち北朝鮮に敗れはしたものの、アジア3次予選突破を決めた段階でのザックジャパンの総まとめという印象が強いと言えます。
すなわち、タイトルとなっている「ザックJAPANはスペインを倒せるか」という内容については、少し肩透かしを食らった感は否めなかった、ということでもあります。私が読者として期待していたのは、日本がスペイン代表に劣るのは当然であるから、たとえばどのような点をどういう風に強化すればよいのか、という点についての理論的かつ実践的な考察だったのですが、その点に関しては「結局のところ、フットボールの女神が偶然にも微笑みかけてくれさえすれば勝てるかもしれない」というレベルの希望しか述べられていない(それもそのはず、なぜなら今、異次元の強さを誇るスペイン代表よりも強いチームなどは存在しないのだから)点については不満が残ります。
『スペイン代表に日本代表が勝つには』という風にも読めるセンセーショナルなタイトリングを行うことで、マーケティング的な成功は実現しているものの、日本代表、ひいては日本サッカーへの何かしらの提言書としてはタイトルから期待される及第点には至っていないのではないか、というのが一冊の新書としての私の感想です。
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小宮氏が再三述べているのは、日本代表のCBラインの弱さです。今野泰幸-吉田麻也がザックの就任以後はその座を射止めてはいますが、確かに守備面の不安は大いに残っているのは私も感じております。ただ、小宮氏は吉田についてはほぼ言及しておらず、それに対して、南アフリカW杯で正CBだった田中マルクス闘莉王については絶賛しており、しきりに彼の必要性を説きます。確かに、"単純に勝ちに行く"だけならば、彼のような完成されたCBは必要不可欠です。私自身の評価としては、闘莉王から対人守備の強さ、機を見たオーバーラップ、そして守備陣だけではなくチーム全体を引き締めるキャプテンシーを取り除けば吉田になると感じていて、逆を返せば、吉田麻也が闘莉王と比肩できる側面があるとすればビルドアップのセンス、視野の広さぐらいじゃないかなー、とは常々思っています。
このブログでは私はこれまで一貫して吉田麻也に対して一定の評価を与えてきましたが、逆に闘莉王のことについてはあまり触れてきませんでした。なぜなら、彼は先述のように「完成されたCB」なのです。彼であれば、今すぐに欧州トップリーグに渡ったとしても遜色ないプレーが出来るとすら私は思っていますし、それはザッケローニ自身も述べていることではあります。しかし、だからこそ「なぜ吉田麻也をザックは重用するのか」という点についての配慮が小宮氏にももう少し必要だったのではないでしょうか。これまでも述べてきたように、バルセロナのCB、プジョルとピケのコンビを、ザックは対人に強く危機管理に長けた今野、足元の技術に優れ高さのある吉田というコンビで模倣しているのだと私は思っています。確かに主に守備力の面でバルサのコンビよりは頼りないですが・・・。しかし、ザッケローニが当時のガンバ監督西野氏に向かって「あなたはこのようなチームを引き入れて光栄でしょう」と手放しで絶賛し、そして何度も視察に訪れるなどして、ガンバ大阪というチームを高く評価している点では、「守り切るサッカー」よりは西野朗が夢見る「クライフサッカー」、すなわち「4点取られても5点取って勝つサッカー」に対する憧れが散見されるようにも思われます。采配の面では、それとは裏腹に、CBのオーバーラップを禁止する等のイタリア人らしい守備的なものも目立ちますが、それは彼なりの葛藤の表れということなのではないでしょうか。
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と、ここまで全般的に批判的なスタンスで本書に対する提言を行なってきましたが、全て賛同できなかったというとそういう訳でもなく、いくつか素直に勉強になった点があります。
まず第三章の中におさめられた『レフティーの台頭が代表を変える』という文章。正直、もくじでこの項を発見したときはあまり意味がわかりませんでした、というのも私の中ではサイドプレーヤーには利き足がすごく重要だとは認識していましたが、センタープレーヤーにも求められるとはあまり考えていなかったからです。しかし、その認識は改められることになりました。・・・といっても多少はオカルトじみてはいないか?と感じる箇所もありましたが、そうではなく一番説得力があったのは、石川直宏の『例えば中盤でボールを受けた選手がパスの展開をするとき、右利きの選手が右にパスを出そうとすると、一度体を開くからテンポが遅れるんです』という一言(P.130)。サッカー経験者にはよく伝わると思うのですが、右足でボールを持ちながら、自分より右にボールを出そうとするには以下の3パターン(1.体を少し右に開いて右のインサイドでボールを蹴る/2.左に少し流して左足でボールを蹴る/3.右のアウトサイドで蹴る)しかありません。このうち、1と2は、レフティが右に出すよりも1テンポ遅れますし、3では余程のボールコントロールが無いと正確にボールが蹴れません。そもそもアウトサイドキックは、シュートやロングパスなどではその独特の軌道(逆足で巻くカーブと似たような軌道)で飛び道具的に利用価値はありますが、強さと正確さ、そして迅速さが求められるショートパスではあまり有効な手段ではありません。レベルの高いサッカーとは、一瞬の隙を見逃さず、まるで射止めるようにその間隙を突くサッカーであり、ワンテンポの遅れというのは、たとえそれが1秒に満たない遅れだとしても、それだけ相手に対応する準備を与えるという点では往々にしてマイナスの働きしかありません。
そして、ザック・ジャパンでは右利きの選手が多く、レギュラーの中で左利きといえば本田圭佑、そして準レギュラーの李忠成や柏木陽介ぐらいしかいません。何よりも、遠藤-長谷部という代表の心臓ラインの両方ともが右利きです。このことが以前より指摘している、日本代表の攻撃の左サイド偏重という自体を招いている、とも考えられます(この本ではそこまでのことは書かれていませんが、しかしサイド攻撃にバランスが偏りが生じるといった趣旨のことまでは書かれています)。つまり、現状の日本代表は攻撃を左に集め、それにより相手も左に寄せておいて、そのまま左を突破できればよし、無理ならば逆サイドでフリーであろう内田や岡崎を使いましょう、といった戦略になっております。だからこそ、相手がサイドの攻防を捨て、中央、ペナルティエリア付近を固めることに終始した、3次予選ホームタジキスタン戦では、日本は相手を圧倒することが可能になったとも言えます。
ですから、日本代表の攻撃を封じようと思えば、左サイドの攻撃に対して『人数をかけずに』=『同じ人数だけで』防ぎきることができれば、一気に手詰まりになるかと思います。更に遠藤-長谷部を分断し、遠藤を孤立させることが出来ればより有効でしょう。
また、こういったレフティの話だけではなく、チリ代表を率いて南アフリカW杯で旋風を巻き起こしたマルセロ・ビエルサの手腕についても多くの解説がなされている他、スペインで最前線の戦術分析を行う人たちの日本代表の評価や、昨今話題の3-4-3の、ダイヤモンド型(バルセロナやナポリ)、ウィングバック型(日本)の違いなどもわかりやすく解説されている点は、かなり読み応えのある内容となっております。また、日本代表の選手評価は、前田遼一を高く評価していたり、その反面として川島永嗣のビルドアップ能力の低さなどを指摘している点では、私と近い考え方をなさっている場合も多いな、とも感じました。
最後に、この新書は『サッカー小僧新書』シリーズの第八巻として刊行されていまして、他にもおもしろそうなタイトルが沢山ございます。個人的には近日刊行予定である『なぜボランチはムダなパスを出すのか? ~1本のパスからサッカーの"3手先"が見えてくる~ 』が非常に興味深いと思っておりますので、また読了後、こちらに感想をアップできれば、と考えております。